組織のあり方、働き方に注目が集まっている昨今、企業経営において、社内エンゲージメント(経営者と従業員、及び従業員同士の相互信頼関係)の重要性は、ますます高まっている。この分野に特化したサービスを提供し、急成長している企業が、2016年設立の株式会社スタメンだ。同社が提供する組織エンゲージメントクラウド『TUNAG(ツナグ)』は、サービス開始から1年間で約80社への導入実績を誇る。2018年7月14日号の週刊東洋経済『すごいベンチャー100』特集にて、HR(人事)領域の注目企業としても取り上げられ、大きな期待が寄せられている今、代表の加藤氏の少年時代のエピソードも含め、その素顔に迫ることができた。

― 少年時代の苦悩と、競艇選手への夢。

愛知県の吉良町(きらちょう;現在は合併により西尾市)という田舎で、3人兄弟の末っ子として生まれました。子どもの頃の記憶といえば、兄が荒れていて大変だったこと。詳しくは言えません(笑)。今だから笑って話せますが、当時は幼いながら深刻に悩んでいましたね。周りに経営者や大手企業で勤める人がいなかったことや、家族で大学に行った人すらもいなかったので、働くことや起業の夢なんかも特にありませんでした。ただひとつだけ、心に決めていたこと。それは、とにかく早く稼いで、両親に家を買うことでした。一刻も早く自分が働いて稼がないと、と勝手に使命感を背負っていたんですね。

中学のときには、競艇選手になることを将来の道として、自分の中で決めていました。当時の競艇選手の平均年収は2000万円以上。家から比較的近いところに蒲郡競艇場があったことと、競馬と違って馬主や調教師などの人間関係に勝敗が左右されることなく、競艇なら自分の努力次第でトップになれるんじゃないか。その辺りから、憧れが夢になり、目標になっていったという感じでした。
そんな風になると一直線なので、当時は休みはもちろんのこと、平日もよく高校を早退して競艇場に行き色々な選手のターンを見たり、レジャーチャンネルといった競艇のCS放送を見て研究ばかりしていました。
ただ、結局合格することはできず、やがて身長も制限を超え、競艇選手にはなれませんでした。

株式会社スタメン 代表取締役社長 加藤 厚史さん― 絶望した先に見つけた、新たな光。

これから先、どうしよう…。一直線に目指してきたものを失って、少し病んでいましたね。そんな中、次に見つけた目標が弁護士になることでした。弁護士の資格取得には、最も難関といわれる司法試験をクリアしなければなりませんが、当時は身長のように物理的にどうにもできないことと違い、努力次第でなんとでもなる国家試験に不思議と惹かれたんですね。それに世間体を気にする子だったので、弁護士なら両親も喜ぶかなぁと(笑)

― 司法試験予備校に缶詰めで、猛勉強の日々。

弁護士になると決めたので、ひとまず地元の名古屋大学へ進学しました。名大オープンという河合塾の直前模試があるんですが、結構差をつけたトップだったので、学校のテストは得意だったんだと思います。とはいえ、キャンパスに足を運んだのは、本当に数える程でした。入学当初から弁護士を目指して司法試験予備校に通いつめ、猛勉強の日々を過ごしていました。朝は名古屋駅の魚市場でバイト、そのあと予備校の自習室にこもってずっと勉強、夜は居酒屋で片付け…。そんな毎日の繰り返しでした。勉強中、トイレに行くのが嫌なんです。隣の自習室のライバルに、なんだか負けたような気がして…(笑)だから、「ランチ=90秒」「トイレ=50秒」など、勉強以外の行動には最小限の時間制限を設けていました。いま思えば馬鹿げているし、効率が悪いだけなんですが、とにかく人にも自分にも、負けたくなかったんですね。その結果、社会人になってからは逆に振れて、一番早く帰ることが多いですね(笑)。

― 人生2度目の苦い挫折。

ところが、すべてを賭けて打ち込んだはずの司法試験にも、結局受からなかったんです。とことん本番に弱いんです(笑)。これ経営者としては致命的ですよね…。4年の論文試験で、3度目の不合格を経験したときには、さすがにもう就職しようかと迷いました。でも、せっかくここまで頑張ってきたし、次こそ受かるかもしれない。これが司法試験の怖いところなんですけどね(笑)。とはいえ、奨学金も膨らんでいたし、あと2回だけの勝負にしようと決めました。そこで、万が一の就職にも備えて京都大学の院へ進み、2度の受験に挑みましたが、あいにく結果は惨敗。人生2度目の大きな挫折でした。

― 人生を変えた、転職先との出逢い。

株式会社スタメン 代表取締役社長 加藤 厚史さん弁護士の道を断念し、就職したのは名古屋のテレビ局でした。就職先にテレビ局を選んだ理由は、受験勉強一色だった辛く孤独な日々のなかで、唯一の友達がテレビだったからです(笑)
テレビ局では本当に刺激的で楽しい日々でした。もちろん徒弟制度も残るので、厳しい部分もあるのですが、社会を知らなかった自分にたくさんのことを教えてもらいました。ちなみに2年しかいなかったのですが編成部という全社横断的な部署に配属されていたので、可愛がってもらった先輩も多く、今でも顔を出したり食事に行ったりできるのが嬉しいですね。

そんな私に、突然の転機が訪れます。エイチームというITベンチャーの方が、会社に提案に来たんです。ちょうどその時、テレビ局の仕事に慣れてきて、あまりに平和で楽しい日々に戸惑い、逆に少し不安になっていたのかもしれません(笑)。その提案を聞いているうちに「このベンチャー、名古屋っぽくなくてなんだかすごいな、面白そうだな」と、心惹かれてしまいました。その夜、さっそく、ホームページの問合わせフォームからメールを送りました。「本日ご提案をいただいたテレビ局の者です。ご提案に関しては、私には判断しかねるのですが、個人的に御社に興味を持ちました。一度会っていただけますか?」…というような内容を送ったと思います。すぐに電話が来て、1週間後に会うことに。その夜は今思い出しても、センセーショナルでしたね。途中で社長も出てきてくれたのですが、話していくうちに「こんなに素敵な社長がいるのか、ビジョンもあって、社員想いで、、、いつかこの会社で、この人の右腕になりたい!」と直感で思ったのを覚えています。深夜2時まで一緒に飲んで、帰りのタクシーに同乗させてもらう中で、「給与は御社の新卒初任給でいいですし、仕事はなんでもいいので、入社させてください!」というような話をさせてもらって、翌日にテレビ局に辞表を出しました。ちなみに、当時の上司には、前日の夕方まで意気揚々と働いていた私が、突然翌日に辞表を出したので、宗教にでも引っかかったのかと思われたようです(笑)

― 人事と新規事業を担当することに。

そして転職後、まずは、人事を担当することになりました。未経験でしたが、会社としてもまさにこれからの部分だったので、やりがいもありましたし、とても面白かったですね。あと、もっと時間軸で早く貢献したい、売上も作りたい!と思いも強く、新規事業の立案も並行して行なっていました。
そんな中で、自ら企画したブライダル事業の立ち上げをさせてもらい、しばらく人事と両輪でやらせてもらいました。今、自分が経営者になって、有り難さがよりわかるのですが、経営に必要なことをたくさん実践の中で学ぶことができて、本当にいい経験をさせてもらいましたね。

株式会社スタメン 代表取締役社長 加藤 厚史さん― 役員・上場を経験し、起業の道へ。

その後、色々と仕事をする中で、取締役に就任させてもらい、東証マザーズ、東証一部への上場を経験させてもらいました。長くなるので割愛しますが、上場への過程の中では、たくさんの学びと成長の機会、そして感動がありました。
その後も、子会社の経営や、自転車通販の新規事業の企画・立上げをさせてもらったり、多くの挑戦や経験をさせてもらいました。

そしていつの間にか入社から8年が経ち、恵まれている環境にまた不安になったのか(笑)、なんとなくこのままでは自分の成長が止まってしまうかもしれない、ここから先の仕事人生で何をしていくべきか、社会にどのような価値を出せるのだろうか、と考えるようになっていきました。

その中で、色々と振り返ってみると、人事業務でも新規事業開発でも、自分の周りには、強い「人と組織」がありました。「共に頑張ろう」と言ってくれる同志がいたからやりたいことを実現できたし、何より楽しかった。自分が求める方向性は、もっと「人と組織」に密に入り込むような、土着的な事業や会社を創っていくことなのではないか、と独立をすることを決めました。
これだけしてもらって外に出るのは不義理極まりないですが、現在の私は前職なくしては有り得ませんので、今でも林社長には心から感謝しています。成長して恩を返したいですね。

― スタメン設立。「人と組織」に特化したサービスを展開。

弊社では現在、創業事業として、自社開発のエンゲージメント経営コンサルティング『TUNAG(ツナグ)』を企業様向けに提供しています。わかりやすく言うと、社内制度・施策のプラットフォームですね。タイムライン形式の社内SNSを通じて、会社全体のコミュニケーションが活性化していくような好循環を、各企業様と二人三脚で創っていきたいと思っています。このサービスは、事業開発や組織運営の経験を基にテストや実運用と改善を通じて生まれたものです。経験上、あらゆる局面において、「会社と従業員、従業員同士の信頼関係(エンゲージメント度)」が経営に及ぼすインパクトの大きさを、強く実感してきました。社内の相互信頼度が高いか否かで、日々の生産性から事業の成功確率、成長速度はもちろん、社員のプライベートの幸福感にまで大きな差が生じる場面を、数多く見てきたのです。今でも、世の中には、現状を可視化するサーベイや、人事制度や社内制度のコンサルティングを事業とする会社は多々ありますが、実際の運用やその自走化までをフォローしてくれるツールやサービスはあまりありませんでした。
私自身、人事の経験を通して痛感しましたが、制度や施策は組織を強くしようという目的で作ることが多いのですが、実際に社員に浸透させるのが最も難しいのです。そこで我々が、組織活性とエンゲージメントを自走できるプラットフォームを提供することで、強い組織づくりの手助けができればと考えました。企業の課題はそれぞれで、ひとつとして同じ組織はありません。たとえば、「経営方針が全拠点に伝わる仕組みをつくりましょう」「若手社員が表彰される場を設けましょう」「社員同士が感謝を伝え合う仕組みを導入しましょう」など、お客様と共に組織課題を明確に特定したうえで、改善への打ち手を企画・設計し、運用し、データをもとにPDCAを回し、自走化をフォローしています。おかげさまでサービス開始から1年で、導入企業数80社を突破し、多くの喜びの声をいただいています。

― スタメンが描く、これからのビジョン。

株式会社スタメン 代表取締役社長 加藤 厚史さんメンバーも拠点も増え、ようやく体制が整ってきた今、既存事業に関する私の直接的な役割は少なくなってきました。せっかくのベンチャーですから、メンバーに対して可能な限り非連続な未来を魅せていくことが、今後の私の役割であると認識しています。私自身、今の延長線上にある想定内の未来が見えてしまうと、退屈してしまうところがあります。もっと想像がつかない未来…たとえば、「4年後のワールドカップはどこでどんな仲間と見ているんだろう」「自動運転が普及したあとにこの場所はどうなっているのだろう」など、想像が及ばない未来にこそワクワクするし、幸せを感じるんですね。一見すると既存事業からは脈絡のないように見えること、いわゆる「ワケのわからないこと」や「まだ早いでしょ」ということもどんどん仕掛けていきたいですね。もちろん、具体的な別ドメインの新規事業案も楽しみに温めています。世の中を驚かせるような、感動と幸せにこだわった事業を、いくつも生み出していきたいと思っています。

いま、入社してきたメンバーが、殻を破って成長していく姿を見ることほど嬉しいことはありません。当社の社名は、「Star Members」という言葉に由来しています。会社の力の源泉は人であり、一人一人が「Star」のように光り輝く存在でありたい、そういう「Star」が集まる会社にしたい、そんな想いが込められているのです。だから弊社では、今いるメンバーやこれから入社してくる仲間が成長して、輝くスターになっていくような環境と挑戦の機会を大切にしていきたいと思っています。


◆ 編集後記 ◆

今回の取材は、スタメン五反田オフィスにお伺いした。オフィスに入ると、20代の社員の皆さんが笑顔で迎えてくださり、取材中も元気なお客さんとの会話やテレアポの声が聞こえてきた。笑い声に包まれながら、若さとエネルギーに満ち溢れ、キラキラと働く姿が清々しい。さて、とっても爽やかでスマートな印象の加藤社長。お話を伺うと、ここに書けないような、とにかく個性的で、面白すぎるエピソードの数々に驚かされた。決めたことに一直線で向かう集中力と、物事をストイックにやり遂げる実行力は、もはや常人ではない。たとえば、加藤社長が中学1年生の頃、初めての中間テストの話。塾にも行っていなかったし、田舎の公立中学校なので、自分の実力も知らず、テストに向けてどの程度の勉強がちょうどいいのか加減を知らなかったという。当時からルール決めやタスク処理が好きだった加藤少年は、ワープロで計画を作成し、それに沿って坦々と準備をしていった。結果は、全300名弱の生徒中、トップの成績を獲得。しかも5教科500点満点中、なんと498点!加減を間違えて、2位の生徒を大きく引き離してしまったそうだ(笑) 司法試験合格を目指した当時の勉強量も、間違いなく尋常ではなかったはずだ。「司法試験の失敗を機に、結果が何より大事だと知りました。費やした時間と努力、模試の成績は自己肯定には繋がるけれど、結果として勝てなければ意味がないですからね。24歳までの人生で、結果にこだわる姿勢と精神力はかなり鍛えられたと思います。特に、あのときの日々を思えば、あまり怖いものは何もないですね」と笑う。
お話を伺って、これだけ努力家で頭の良い人が司法試験に受からなかったのは、きっと他に使命があったからに違いないと感じた。加藤社長が率いるスターメンバーズが、これからどんな未来を魅せてくれるのか非常に楽しみだ。

取材: 四分一 武 / 文: アラミホ

メールマガジン配信日: 2018年8月1日