世の中の著作物を「音」に変えるビジネスを展開している株式会社オトバンクでは、本を「聴く」ことができるオーディオブック配信サービス FeBeを運営している。視覚障害をもつ人だけでなく、忙しいときに「ながら聞き」で時間の有効活用ができるオーディオブックは、欧米ではごく一般的なコンテンツの形態だが、最近日本でも利用者が倍増し、いま大きな注目を集めている。「音の銀行」をキーワードに、様々な事業を展開する株式会社オトバンク代表、久保田氏にお話をうかがった。

順調に成長している、オーディオブックの日本市場

株式会社オトバンクは、当初視覚障害者の対面朗読NPOをイメージしていたという。著作の権利をもつ出版社をまわるものの、市場規模が見えないため、協力を取り付けることは困難だった。欧米では書籍が出版される際、オーディオブックも流通することが一般的でオーディオブックは大きな市場となっている。日本でオーディオブックはまだ聞き慣れない存在だが、ニーズはあるはずだと考え、新しい市場を創造するために立ち上げたのがこの会社だ。

今年で10年目を迎え、自社サイトで配信している日本最大のオーディオブック配信サービスFeBeの利用者は23万人になった。FeBeで配信する著作の音化は、株式会社オトバンクが行う。「株式会社オトバンクでは、オーディオブックの制作はすべて自社内で行っています。制作に携わるスタッフは、ほぼ全員が元声優。プロが朗読しているだけに、クオリティが高いオーディオブックに仕上がっていると思います」

株式会社オトバンク 代表取締役社長 久保田 裕也さん「本を読め」と言われ続けた子供の頃

現在34歳の久保田氏は、新宿百人町生まれの金沢文庫育ち。父が公務員だったため、官舎などの公務員住宅で子ども時代を過ごした。厳しい父は、おもちゃは買ってくれなかったが、本ならいくらでも与えてくれた。家にいると「本を読め」と言われ、小学校2年生頃までは読んだ本の感想文提出を義務付けられていたという。「勉強しなくていいから本を読めと言う父でした。その反発もあり、子どもの頃は本を読むのが何よりも苦痛でした(笑)」

小さい頃は太っていて、いじめられっ子だったという久保田氏。外に遊びにいっても、一人っ子の久保田氏は兄弟同士が集まる輪に馴染めず、家では父から読書のプレッシャーを感じる日々を送っていた。小学校4年のとき、友達の誘いで日能研の体験教室に行き、そこから塾通いが始まった。「がんばれば成績の順位が上がるのはおもしろかった。父の読書圧力のおかげか(笑)、国語社会はよかったんですが、算数理科はだめという典型的な文系少年でした」

ラジオ3台に囲まれ、至福のときを過ごした中学高校時代

塾通いで成績を伸ばした久保田氏は、私立の中高一貫校に見事合格。さらに勉強に打ち込むかと思いきや、ラジオ漬けの学生時代を送ることになった。「父とのドライブ中に聴いたAMラジオにはまったんです。合格祝いにラジオを買ってもらい、学校が終わると誰とも遊ばずに大急ぎで家に帰り、自分の部屋で『鶴光の噂のゴールデンアワー』を聴くのが楽しみでした。そのうち他の局も同時に聴くためにラジオを購入、合計三台に。深夜放送を朝5時まで聴いて寝ないで登校、授業中に寝るという生活をしていました(笑)」

「部活はサッカーでした。しごきに耐える我慢強い性格が評価されたのか、ポジションはゴールキーパーでしたね」と久保田氏は当時を振り返る。東大や一ツ橋への現役合格が殆どという進学校で、受験の準備が足りなかった久保田氏は浪人することになった。1年後、東京大学経済学部に合格。最初は授業をたくさんとっていたが、そのうち代表を務めることになったテニスサークルと塾講師や車磨きなどのアルバイトに没頭。たくさんの友人に囲まれる学生生活を送った。

株式会社オトバンク 代表取締役社長 久保田 裕也さん働く意味がわからなくなり、内定を辞退。株式会社オトバンクへ

大学生活も後半になり、久保田氏にも就職活動の時期が訪れた。外資系金融・コンサルティングファームに興味をもった久保田氏は、語学やロジカルシンキングを学び、面談の練習を重ねた。念願が叶い、外資のコンサルティング企業に内定をもらったが、なんと入社1週間前に辞退したという。「求められる人材の像にあわせてばかりしていたらうつ病っぽくなって、働く意味がわからなくなってしまいました。給料はいいけど、本当に自分はコンサルでいいのかという疑問が拭えませんでした。海外を放浪したりして一人で考える時間をつくり熟考した結果、設立中の株式会社オトバンクに決めたんです」

2007年に入社した久保田氏は2012年3月より代表取締役社長に就任し、現在に至る。「自分たちだからこそできる、新しいニーズに応える価値を創りたい」と語る久保田氏は、会社の成長の鍵は人材だと考えている。「同じタイプの人が集まる組織では、居場所を確保しようとする人が生まれ、無意味な生存競争で淘汰される人が出てしまう傾向があります。違うタイプの人が集まると、みんなで話し合って物事を進めるので、淘汰される人は出にくく、組織もうまくいきます。多様性に富んだ人材で、本当に強い組織をつくってビジョンを実現したいですね」と熱く語る久保田氏だった。

取材: 四分一 武 / 文: ぱうだー

メールマガジン配信日: 2017年7月**日