「人間は自己実現に向かって、絶えず成長する生物である」とは、米国の心理学者アブラハム・マズローの言葉だ。衣食住、安全、自己承認欲求を満たした後、人は最後に「自己実現」を求めるという。今回はそんな個人の自己実現を応援したいという想いを社名に込めた企業、アブラハム・ウェルスマネジメント株式会社を訪問。金融資産1億円以上の富裕層限定SNS「YUCASEE(ゆかし)」の記事や、海外投資サービス「いつかは ゆかし」のTVCMでアブラハムという社名を覚えている方も多いだろう。一時は企業存続の危機にみまわれたがそれを乗り越え、日本の金融サービス改革に果敢に挑戦し続けるアブラハム グループ代表の高岡氏にお話をうかがった。

チョロQにキン肉マン。地域による文化の違いが新鮮だった

高岡氏は1974年、富山県高岡市で生まれた。金融機関に勤めていた父は教育熱心な転勤族。小さい頃は大阪、福岡、広島など、主に西日本の県庁所在 地で暮らした。そこで高岡氏が感じたのは、地域によって文化が違うということだった。チョロQが流行っている学校もあれば、キン肉マンというところもあっ た。こうした違いを新鮮にとらえる中で、高岡氏はもっと広い世界をみてみたい、いろんな人に会いたいと考えるようになり、そのために東京に行きたい、と強 く思うようになった。

小学校から12年間は剣道をやった。剣道を通じて学んだ「気・剣・体の一致」「正々堂々と戦うこと」は、ビジネスにおいて王道を目指す高岡氏の土台 になっているという。10年以上続けた剣道だが、実はあまり楽しくなかったようだ。「やるからには一番になるまでは辞めないと決めて、気付いたら12年 経っていました。好きでやっていたわけではなく、結果を出す前に辞めたく無かっただけ(笑)結局、一番になれなかったので、次は浪人して勉強で勝負しまし た。」

金融×ITの経験を積んだ三井物産時代

1995年、東大に入学。世界各国をバックパッカーとして旅をした。将来の夢としてたどり着いたのは「財閥」だった。「世の中に影響を与え、社会の 役に立つ仕事をしたいと思っていました。官僚、新聞記者、政治家なども検討しましたが、どうもしっくりこない。そうなるとビジネスか…と考えた時、明治維 新後の日本を支え、変えていった財閥という、日本にしかないユニークな存在に着目しました。」

東大卒業後は、三井グループの中核企業である三井物産株式会社に入社した。ビジネススクールのような知識が身につくところに行きたいと配属希望を示 したところ、海外投資の審査を担う部署に配属が決まった。ハーバードのMBAを持ち、英語を話す上司たちのもとで、投資のノウハウやビジネススキルを学ぶ ことができた。夜中の0時を過ぎても働く忙しい日々だったが、仕事は楽しかったという。3年目に異動した情報産業本部は当時の若手に一番の人気部署で、そ れまでに得た投資の知識を活かして、ベンチャー投資やITサービスの新規事業立ち上げ、M&Aに携わった。

起業を決意し、わずか1年で資金1億円以上を用意した

三井物産株式会社で働き始めて6年が経過した2005年から、日本の人口は増加から減少に転じた。高岡氏によれば、これは日本にとって明治の開国に 匹敵する大きな転換点だったという。世の中の変化が大きければ大きいほど、変化に対応できないところには不具合が生じる。それを解消する、社会に役立つ仕 事をしたいと考え起業を決意した。それはちょうど高岡氏が30歳のときだった。

起業には、資金や人が必要になるが、そこで驚くのは高岡氏の準備だ。起業資金として、1年で1億円を貯めた。「これから入社してくれる役員達が給料 を心配しなくていいように、まずは起業資金を創ったのです。その方法は、富裕層向けの投資分析レポートの販売です。当時、個人投資家と機関投資家の投資手 法に大きなギャップがありました。財務分析等のプロの投資分析法が分かりやすく学べる内容が好評で、大いに売れました。笑われるかもしれませんが、富裕層 の人脈を創り、その好みを把握するために、当時話題だった六本木ヒルズ・レジデンスにあえて引っ越したんですよ(笑)」

順調に滑り出した事業を襲った、突然の業務停止命令

そして2005年に5人でアブラハム・グループ・ホールディングス株式会社を築26年のワンルーム・マンションの一室で創業。金融資産1億円以上の 富裕層限定のコミュニティサービス「YUCASEE(ゆかし)」を通じて、富裕層向け広告を扱うメディアビジネスをスタートさせた。ベンチャー・キャピタ ル等から5億円以上を調達、2008年には新会社であるアブラハム・プライベートバンクを立ち上げ、国内の証券会社を通さずにダイレクトに海外金融商品を 紹介する事業を開始した。

事業は順調でアブラハム・プライベートバンクの助言契約額は累計877億円以上に達したが、2013年10月、突然金融庁から6か月間の業務停止命 令が出された。個人投資家が海外の金融商品を直接買えるように支援していたことが、「金融商品を買う場合は、日本の証券会社を通す」という金融規制に抵触したからだ。「大手投資助言会社が業務停止へ」と日経をはじめとするマスコミで報じられた。類似サービスを提供していた9社が業務停止になるという業界全 体を揺るがす行政処分だった。

「社員は1人も解雇しない」苦難を乗り越え、事業再開へ

当時の社員は41名。業務を再開できる見通しも無い中、高岡氏は社員を1人も解雇せず以前と同様の雇用を維持することを決断、業務停止となった翌日 に全社員に発表した。「手元資金5億5,000万円を吐き出すことになりました。仕事も無いのに給料を払うなんて勿体ない、社員の首を切れという周囲の声 もありましたが、それはしたくなかった。こうなったのは自分のせい。社員を解雇して、自分の手元にたかが数億円のお金を残したところで仕方が無い。そんな 小さいことはみっともないことだと思いました。」

「1度でも逃げると誰もついてこない」と語る高岡氏。業務ができなかった期間でも、意気に感じた社員が奮闘したおかげで、9割の顧客は離れることなく残ってくれた上で、無事に業務再開を果たした。

その上で新規事業のための金融ライセンスを1年以上かけて取得。新しく立ち上げたアブラハム・ウェルスマネジメント株式会社というグループ会社の営業を2015年1月より開始した。投資戦略は異なるものの、それまで同様、主に富裕層の海外投資を支援するサービスを行っている。

富裕層が持つマネーの力で、日本全体を豊かにしたい

2015年にスタートしたばかりの新会社アブラハム・ウェルスマネジメント株式会社では、日本初の元本確保型の財産保全コンサルティングを行ってい る。財政悪化が進み、490兆円以上の債務超過、世界一の借金大国になってしまった日本において、ハイパーインフレや大増税を懸念する富裕層の海外投資 ニーズは強い。その一方で富裕層は投資の元本割れで損をするのを避けたがる。そこに着目した高岡氏は、「元本確保型の海外投資ノウハウ」を専門的に提供す る会員制サービスを開始した。同社の会員は、40代・50代の成功している医者や経営者が中心で、億単位で任せる人もいるそうだ。

高岡氏は、富裕層が「元本確保型の海外投資」をすればするほど、日本社会全体が豊かになると考えている。人口が減少していくこれからの日本は、モノ を輸出するのではなく海外投資で黒字になるステージに入っている。日本の金融資産は1,286兆円。その4割である約500兆円を上位400万世帯が有している。この富裕層マネー500兆円が海外に投資され、元本以上で戻ってくれば、日本の経常収支は黒字化する。その結果、日本の財政問題が解決し、富裕層 以外の人達の生活を豊かにすることを高岡氏は目指しているのだ。

正しい情報を武器に、未来を創る

アブラハム・ウェルスマネジメント株式会社は、顧客の資産を預からず、あくまでもコンサルティングを行う立場を貫く。「当社のイメージは高級スポー ツクラブのトレーナーですね。顧客が自分で判断して行動できるように、他の金融機関が教えたがらない有利な情報や良質なノウハウを提供し続けたい」と高岡氏は言う。短期の利益に一喜一憂するのではなく、長期にわたって顧客に伴走し、フォローし続けるのはまさに顧客の資産を守るトレーナーといえるだろう。

「自分の人生を連続ドラマに例えるとまだ第三話目くらい。起業してうまくいったと思ったら大きな挫折。そしてそれを乗り越えた再出発。ドラマならこ れから盛り上がるところですよ(笑)」と高岡氏はユーモアを交えて語る。「世の中の情報ギャップを埋めることは、社会の役に立つ」と確信しているからこそ、正しい情報で顧客との信用を築く。そして正しい情報で多くの個人が自己実現することで、世の中が変わっていく。こうした未来を創る、物ではなく情報を武器にした新しい時代の財閥を応援したい。

四分一 武 / 文:ぱうだー

メールマガジン配信日: (前編)2015年3月23日 (後編)2015年3月30日